大阪地方裁判所 昭和43年(わ)4241号 判決 1971年4月26日
被告人 宇野こと于元忠
昭一〇・二・九生 会社役員
亀山こと金儀司
昭一五・一二・一九生 会社員
主文
被告人于元忠を罰金三〇万円に
同 金儀司を罰金二〇万円に
各処する。
被告人らにおいて右罰金を完納することができないときは、いずれも金一千円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。
訴訟費用は全部被告人両名の連帯負担とする
理由
(罪となるべき事実)
被告人于元忠は有線放送業を営む株式会社大阪有線放送社の代表取締役、同金儀司は同社の技術主任であるが、
第一、被告人両名は同業者である有限会社大阪ミユージツクサービス社が自社の営業地盤である大阪市南区方面に進出したのでこれを阻止しようと企て、同社従業員井上勝次ほか約二〇名と共謀の上、昭和四一年七月一〇日午後一一時三〇分ごろから翌一一日午前二時ごろまでの間、別紙(略)記載のとおり、同区および同市東区内において、当時大阪ミユージツクサービス社が同市南区順慶町三丁目六五番地喫茶店ライトこと園田貞子ほか九名の顧客に対し音楽放送を送信するため使用していた有線放送用電線を切断撤去して同社の右園田ほか九名方への放送を不能ならしめ、もつて有線電気通信設備を損壊して右有限会社大阪ミユージツクサービス社の有線電気通信を妨害した
第二、被告人于元忠は法定の除外事由がないのに、
一、有線電気通信設備の設置工事前二週間前までに郵政大臣にその旨の届出をしないで、昭和四二年二月二六日ごろより同月二八日ごろまでの間、岡山市内山下三〇番一〇号の「内山下タイヤビル」二階に前記株式会社大阪有線放送社の岡山放送所を設けて同所に有線放送の送信装置を、さらに同市内の中国電力株式会社所有の電柱などに約七・五キロメートルに亘つて送信用電線を、同市中央町四番一〇号のクラブ桂(経営者江尻桂子)ほか約五〇店に受信装置をそれぞれ設置し、もつて有線電気通信設備を設置した
二、郵政大臣に届出をしないで、業として、同月二八日ごろ前記株式会社大阪有線放送社岡山放送所より前記有線電気通信設備を用いて前記クラブ桂ほか約五〇店に音楽を送信し、もつて有線放送の業務を行つた
ものである。
(証拠の標目)(略)
(法令の適用)
一、被告人于元忠
第一の事実 有線電気通信法第二一条、刑法第六〇条(罰金刑選択)
第二、一の事実 有線電気通信法第二六条第一項(第三条第一項)
同二の事実 有線放送業務の運用の規正に関する法律第一四条第一号
併合処理 刑法第四五条前段、第四八条第二項
換刑処分 同法第一八条
訴訟費用 刑事訴訟法第一八一条第一項本文、第一八二条
二、被告人金儀司
第一の事実 有線電気通信法第二一条、刑法第六〇条(罰金刑選択)
換刑処分 刑法第一八条
訴訟費用 刑事訴訟法第一八一条第一項本文、第一八二条
(弁護人の主張に対する判断)
(一) 弁護人は、判示第一の事実につき、本件放送線はいずれも無届の闇配線であるから、このような放送線は有線電気通信法の保護の対象とならず、従つて同法第二一条の罪も成立しない旨主張するので、この点につき判断する。
本件放送線について、有線電気通信法第三条所定の設置の届出がなされていなかつたことは証拠上明らかである。同法第二一条は「有線電気通信設備を損壊し、これに物品を接触し、その他有線電気通信設備の機能に障害を与えて有線電気通信を妨害した者は」云々と規定し、右にいう「有線電気通信設備」につき同法はその第二条第二項において定義を与えているが、届出の有無についてはなんら触れるところがない。元来、同法第二一条の規定は、個々の有線電気通信設備ではなく、有線電気通信そのものを直接の保護客体としていることは規定の文言上明らかであり、唯有線電気通信が電磁現象を利用して通信を行い且つその回線には電線を使用するところから、一般に近接の他の有線設備に誘導妨害を与えたり、強電流電線との混触や強電流電線からの誘導による危険電圧を生ぜしめる可能性が大きいことを考慮し、このような妨害や危険の発生につながるような方法による通信妨害行為を特に重く処罰しようとする目的のもとに設けられたものとみられるから、このような規定の趣旨に照らすと、同条にいう「有線電気通信設備」は、同法第三条所定の届出の有無に拘らず、いやしくもそれによつて現に有線電気通信が行なわれているものをすべて包含するものであると解するのが相当である。
(二) 弁護人は、判示第一の事実につき、本件放送線は株式会社大阪有線放送社の所有に属し、これを撤去せしめた被告人らの行為は自力救済として違法性を欠く旨主張するので、この点につき判断する。
(イ)(所有権の帰属)
判示第一の事実に関する前掲各証拠を総合すると、次のような事実を認めることができる。
かねてより、大阪市内における有線音楽放送業者として被告人于の経営する大阪有線放送社(昭和三九年九月株式会社に組織変更、以下大阪有線と略称)と有限会社大阪ミユージツクサービス社(以下大阪ミユージツクと略称)の二社が対立し、激しい市場獲得競争が行われて来たが、昭和三九年一一月一八日全国有線放送連合会の仲裁により、両者間において、市内東区、南区一帯に関し、南久宝寺通りを境界線として北を大阪ミユージツク南を大阪有線の地盤とし、それぞれ相手方地盤において架線の共架ならびに新規加入店の獲得をしないこと、地盤外となる地区の放送線および加入店は相互に振替交換して取得すること等を取りきめた約定が成立したが、当時大阪ミユージツクは相手方地盤に別紙(二)(略)の一部(長堀ラインまで)の放送線を架設していた。その後昭和四〇年二月ごろ、右約定にもられた他の地区(天満地区)において大阪有線が違約したとして、大阪ミユージツクの申立により前記連合会による仲裁がなされ、大阪有線に対し右地区内に架設した放送線を撤去するよう示達されたが、大阪有線がこれに従わなかつたため右連合会より除名され且つこれに対抗する措置として大阪ミユージツクが主体となつて急遽大阪音楽放送社を設立し、市内南区高津町に放送所を設けて大阪有線の地盤たる南地区に進出して来た。しかし、かくては双方が傷つくばかりであるとして右連合会の一部役員が事態の収拾の努めるなどした結果、同年三月三一日大阪有線と大阪音楽放送社との間において、大阪音楽放送社が架設した別紙(一)、(二)の残部(長堀ラインより南)および三を含む南地区の放送線その他を大阪有線に対し金一五〇万円で譲渡すること等を取りきめた約定が成立し、同日その代金が支払われた。大阪有線はその後間もなく、大阪音楽放送社が南地区に架設していた放送線のうち本件放送線を除く分を自らの手で撤去、廃棄処分にし、本件放送線は将来の利用を考慮して存置していた。
もつとも、第四回公判調書中証人武藤憲章の供述部分および添付の約定書によると、大阪有線と大阪ミユージツク間の前記地盤協定に際し「南久宝寺(南側)既設の放送線は大阪ミユージツクのものとする。」との約定附帯事項が取りきめられていることが認められるが、同約定書の他の条項記載および第九回公判調書中被告人于の供述部分に徴すると、右は境界線たる南久宝寺通り南面に沿つて架設していた大阪ミユージツクの幹線のみを除外してこれを同社に保有させるとの趣旨であつて、本件放送線とは別異のものであることが明らかであり、その他大阪ミュージックにおいて挙示する全証拠を検討しても、前記認定を動かすに足らない。
そうすると、本件放送線はいずれも大阪有線の所有に属していたものというべきである。
(ロ)(撤去前後の事情)
前掲各証拠を総合すると、次のような事実を認めることができる。
被告人らは本件放送線を撤去する一ヶ月程前、大阪ミユージツクが既に昭和四〇年未ごろから大阪有線の地盤たる南地区に無断で進出し、次々と加入店をつくって行つたばかりでなく、大阪有線が将来の利用を考えて存置していた本件放送線を勝手に利用し、引込線その他の設備をとりつけて営業していることを知るに至り、直ちに大阪ミユージツクに対し電話で再三抗議したが、同社はこれにとり合おうとしなかつた。そこで被告人らは従業員らとも相談の上本件放送線を切断撤去することに決したが、その際本件放送線以外の大阪ミユージツクの放送線には手をかけぬことおよび本件放送線を利用していた加入店一〇軒への引込線はとりあえず大阪有線において別途使用中の放送線に連結して同社の音楽放送が流れるようにすべきことを指示し、その旨実行させた。右撤去によつて各加入店への音楽放送は一時中断し、内容の異る音楽放送が流れ、或いは雑音が混じるなどの乱れが生じたが、大阪ミユージツクにおいて間もなく放送外線を新設、修理工事を行つて数日後にはいずれも平常の放送に復した。
以上(イ)、(ロ)の認定事実によつて弁護人の前記主張を検討するに、大阪ミユージツクは大阪有線との間の約定に違反し且つその所有に属する本件放送線を盗用して、大阪有線の右約定に基づく営業上の権益ならびに右放送線に対する所有権を不法に侵害していたものというべきではあるが、本件放送線はもともと大阪有線においてそれまで使用したことのなかつた遊休線であり且つ大阪ミユージツクは不法ながらも既に半年以上も前から遂次これに自社の引込線その他の設備を連結付着させて音楽放送を行い、同社の有線電気通信設備の一環として平穏にこれを占有して来ていたものであつて、被告人らもそのことを熟知していたのであるから、被告人らとしてはまず法による保護を頼むべきであり、またその時間的余裕も十分にあつたと考えられる。それにもかかわらず、単に電話による抗議をしただけで、いきなり広域に互る本件各放送線を一挙に切断、撤去してしまつた所為は、両者間の従来からの対立、抗争のいきさつからみて、自社の権益の保持防衛というよりはむしろ商売敵きに対する報復制裁的色彩がより濃厚であり、右放送線が大阪有線の所有に属することおよび認定のような加入店に対する配慮等の事情を考慮に入れても、なお社会的に許容さるべき限度を超えたものといわざるをえない。
よつて弁護人の前記主張は採用しない。
(三) 弁護人は、判示第二の事実につき、被告人于は僅か一〇日余り届出をおくらせたに過ぎず、業界の実情などからみて本件はいずれも可罰的違法性を欠くものである旨主張するので、この点につき判断する。
石倉晃の司法警察員に対する供述調書および被告人于の検察官に対する昭和四三年一二月九日付供述調書によると、被告人于は昭和四二年三月一〇日大阪有線岡山放送所の(一)有線電気通信設備の設置および(二)業務開始の届出書を所轄の中国電波監理局に持参提出させたところ、同書類はその記載に不備があるとして同月一三日返送され、同月二〇日同被告人においてこれを訂正の上再提出したことが認められ、前記のとおり、設備設置の日が同年二月二六日ごろ、業務開始の日が同月二八日ごろであるから、(一)の届出は法定の期限を経過すること約五週間、(二)のそれは同じく約三週間であることが明らかである(なお、前記各証拠によれば、右届出書が右行政庁において正式に受理されたのはその後昭和四三年五月であることが認められるが、現行法が私設の有線設備の設置ならびに有線放送業務の自由を広く認め、届出主義をとつている建前からみて、行政庁において届出書の提出があるのに拘らず行政的配慮からこれを受理しようとせず、実質上許可制と異らないような取扱いをすることは甚だ疑問といわなければならず、有線電気通信法第二六条第一項および有線放送業務の運用の規正に関する法律第一四条第一号の規定との関係においては、届出書として形式的要件を具備した文書の提出があれば「届出」もしくは「届出書の提出」があつたものと解するのが相当である。)。
そうすると、本件は、形式犯として、必しも弁護人主張のごとく軽微な事案ということはできず、その他弁護人の挙示する業界の実例などの事情をそのまま考慮にいれても、被告人于の所為が可罰的違法性を欠くものと解することは到底できない。
よつて弁護人の前記主張は採用しない。
(業務妨害の訴因について)
有線電気通信法第二一条の規定も、結局は有線電気通信の安全、円滑を保護しこれを妨害する行為を処罰するものであつて、その法益ないし罪質において刑法上の業務妨害の罪と異なるところはなく、唯前記(一)で述べたような有線電気通信業務の特殊性から、特に「有線電気通信設備の機能に障害を与えて」する妨害行為をより重く処罰しようとするものとみられるから、両者はいわゆる法条競合(一般と特別)関係にあるものと解するのが相当である。従つて有線電気通信法第二一条の罪をもつて問擬する以上さらに業務妨害の罪は成立しないものというべきである。
よつて主文のとおり判決する。
(別紙一、二略)